炎鵬は幕内最軽量力士?出身大学や身長について調べてみた!

今回は幕内最軽量力士の炎鵬関について、気になる身長体重や

出身高校・大学、四股名の由来や横綱・白鵬関との関係などなど

いろいろと調べてみました♪

ではいってみましょう〜!!

炎鵬(力士)の身長・体重は?

小兵力士で有名な炎鵬関は他の力士たちに比べてどのくらい小さいのか?

身長と体重を調べてみました!

【身長】 168cm

【体重】 96kg

なんと、炎鵬関は100kgも満たない体重でした!

2019年初場所での幕内力士の平均身長は184.8cm、平均体重は166.5kgでしたので

だいぶ小さな力士です。

小さな体で大きな力士に怯まず向かっていく姿に感動される方も多く、いつも炎鵬関の取り組みの時には場内は大歓声なのです。

近くで見ても本当に小さくて、その身体の小ささを言い訳にせず努力している姿は見ている人を感動させます。

そんな炎鵬関の出身高校や出身大学もみてみましょう!

炎鵬(力士)の出身高校・大学

炎鵬関の出身地は石川県・金沢市です。

地元、金沢では中学校時代の同級生に輝関がいます。

輝関は中卒で193cm、143kgの「白鵬並みの体格」として鳴り物入りで入門。

そんな輝関に対し、炎鵬関は168cmで高校、大学を経由して各界の門を叩きました。

2人は同い年ではありますがプロである大相撲での歴は10年間も違うのです。

昔は叩き上げと呼ばれる中卒力士がほとんどでしたが、近年は高卒、大卒力士も増えてきました。

輝関と炎鵬関は中学の同級生でありながら全く正反対なところが多くとても興味深いですね。

輝関と炎鵬関の取組の時はいつも国技館は大盛り上がりです!

そんな炎鵬関の出身高校は金沢学院東高校です。

高校3年生の時に世界ジュニア相撲選手権大会軽量級優勝

同じく3年生の時に高等学校相撲金沢大会個人3位に輝くも、当時軽量過ぎたために角界からの勧誘が来ることはありませんでした。

この身体で個人3位ってすごいことなのにスカウトは来なかったんですね…。

その後、地元・金沢の金沢学院大学人間健康学部スポーツ健康学科に進学。

大学1年生の時に西日本学生相撲新人選手権大会優勝

2年生の時と3年生の時には世界相撲選手権大会軽量級2連覇するなど、全部で10個のタイトルを獲得

そんな輝かしい成績を残しながらも炎鵬関は大学卒業後は就職をしようと就職活動をしていました。

企業の応募先の面接で「経歴がすごいんだから相撲をしたほうがいい」と勧められたこともあったそうです。

この経歴はウチじゃないと言われたそうです。

確かにそうですね。笑

炎鵬(力士)の白鵬の関係

そんな炎鵬関を各界にスカウトしたのは横綱・白鵬関でした。

炎鵬関が宮城野部屋の稽古を見学した際に、横綱・白鵬から直接スカウトされ、白鵬関の内弟子として宮城野部屋に入門しました。

ちなみに内弟子とは…

現役の力士や部屋付き親方が将来自分の相撲部屋を持つ時に弟子として連れて行く予定の力士に対して用いられる言葉です

つまり将来、白鵬関が宮城野部屋から独立して自分の部屋を起こす場合に炎鵬関は宮城野部屋から白鵬関が立ち上げる部屋へ移籍するという事になっているのです。

話は逸れてしまいましたが、炎鵬関が

入門を決める際に決め手となったのは、白鵬関から

「相撲は今しかできないぞ、人生かけてみろ」

という言葉でした。

有名な横綱に直にこの言葉をかけてもらったら心が動くのもうなづけます。

炎鵬関もきっと心が動いたんでしょうね。

白鵬関の内弟子として宮城野部屋に入門することを決めます。

そして炎鵬関の四股名の名付け親は白鵬関で、四股名をつけるのに5〜6個候補があったそうで、その最後に浮かんだのがこの炎鵬という四股名。

番付上位に行くと身体の差があり、そこを勝ち抜いていくには気持ちで負けず、常に燃えて行けるようにと炎鵬にしたと語っていました。

スカウトしてくれた横綱につけてもらった四股名で今も頑張って相撲を取っています。

また四股名の下の名前は「晃(あきら)」です。

炎鵬関の本名は中村 友哉(なかむら ゆうや)

お相撲さんは四股名の下の名前は本名のことが多いのですが、炎鵬関には晃を名乗るのには理由があるのです。

その晃という名前は炎鵬関が小学生のとき相撲を初めて教えてくれた4歳年上の憧れの先輩のお名前なのです。

先輩は炎鵬が中学2年生のときの2008年に18歳でオートバイ事故により亡くなられてしまいました。

当初は初土俵から「晃(あきら)」を名乗る予定だったのですが、

手続きがうまく出来ていなかったため、2017年の名古屋場所から改名した扱いになりました。

炎鵬は慕っていた先輩への想いも背負って大相撲の土俵に立っているのです。

先輩のご両親もさぞ嬉しいことでしょう。

炎鵬関を語る上では本当に感動的なエピソードですね。

炎鵬(力士)の各界入りのもう一つの理由は彼女?

炎鵬関の角界入りは横綱・白鵬からのスカウトだったというのは有名な話なのですが、その裏にはもう一つエピソードがありました。

フジテレビ「ジャンクSPORTS」で輝関と共演した時に輝関から「初恋」の話に水を向けられた炎鵬関。

炎鵬関の初恋は中学の同級生で、6年と半年くらいお付き合いしていました。

なんと真面目な炎鵬関。一途なんですね!

ところが二人がケンカした時に別の男性に取られてしまったのです。

なんて悲しい結末…。泣

でもそれがなかったら炎鵬関は相撲の世界には入っていなかったと輝関が語っていました。

輝関は同じ中学校なだけあり、事情をよく知っていらっしゃいますね!

当時恋人と別れた炎鵬関は、彼女に対し「見返してやる!」との思いもあったので

各界入りの決断のきっかけになりました。

現在はそのきっかけをくれた元彼女さんに感謝しているそうです。

元彼女さんはきっと公開しているのではないでしょうか…。

今の炎鵬関があるのはその彼女さんのおかげですが、元カノさんはとても複雑な心境でしょう。

炎鵬(力士)はひねり王子

世間では「ひねり王子」との愛称で呼ばれている炎鵬関。

アマチュア時代から”ひねり技”が得意だったことからそう呼ばれるようになりました。

捻りであれば特に左右の区別なしに両方から捻りを繰り出します。

また、上手(うわて)と下手(したて)も特には関係なく、両方から捻りを繰り出すことができます。

兄弟子の石浦関が潜りこんで前ミツを取るのに対して、炎鵬はひたすら動いて横から崩すのが特徴。

師匠の12代宮城野親方からは「絶対に止まってはダメだ」と指導されているそうです

これまでの小兵力士は、相手に密着して食らいつく相撲でしたが炎鵬関は、動いて動いて横から崩す相撲なので過去の小兵力士とはまったく違う相撲内容なのです。

小兵力士といえば有名なのは舞の海さんですが、舞の海さんとはまた違った取口なのですね!

その相撲が炎鵬関の”生命線”になっているので、動きを止めてしまうと大きな体の力士たちに上から潰されてしまいます。

とにかく動いて横から責める動きは炎鵬関にしかできない武器なのでそこを最大限に生かすように親方から指導されているそうです。

小さな身体で大きな力士に向かっていく姿は誰がみても応援したい気持ちにさせてくれます。

本場所で観戦をしていると今一番人気の取り組みは間違いなく炎鵬関の取り組みです!

炎鵬関の取り組みで炎鵬関が白星をあげると場内、割れんばかりの大歓声で老若男女がとびきりの笑顔で喜んでいる姿がそこかしこでみられます。
たくさんの人の気持ちを鷲掴みにする炎鵬関。
まだまだこれからもあっと驚くような取口や決まり手で大相撲を盛り上げていって欲しいですね☆

炎鵬(力士)のCM

炎鵬関が出演して話題になったCMがありました。

【西武・そごう】わたしは、私。|炎鵬の逆転劇 スペシャルムービー

西武・そごうのCMで、一つの文章を炎鵬関が朗読します。

大逆転は、起こりうる。

わたしは、その言葉を信じない。

どうせ奇跡なんて起こらない。

それでも人々は無責任に言うだろう。

小さな者でも大きな相手に立ち向かえ。

誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。

今こそ自分を貫くときだ。

しかし、そんな考え方は馬鹿げている。

勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。

わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。

土俵際、もはや絶体絶命。

ここから

『さ、ひっくり返そう。』

と、先ほどの文章を下から逆に読んでいくのです。

土俵際、もはや絶体絶命。

わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。

勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。

しかし、そんな考え方は馬鹿げている。

今こそ自分を貫くときだ。

誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。

小さな者でも大きな相手に立ち向かえ。

それでも人々は無責任に言うだろう。

どうせ奇跡なんて起こらない。

わたしは、その言葉を信じない。

大逆転は、起こりうる。

絶望的な状況も努力をすれば大逆転し、奇跡を起こすことができるという
幕内最軽量力士の炎鵬関らしい素晴らしいメッセージになるのです。
初めてこのCMを観た時、素直におもしろい!と思いました。
このCMは「逆さ文章」という手法を使っています。

炎鵬についてのまとめ

小兵力士の中でも端正な顔立ちで、受け答えもスマートで大人気の炎鵬関。

幕内最軽量の炎鵬関が大きな相手にひるまず立ち向かっていく姿は観る者に感動を与えてくれます。

今後も炎鵬関の取り組みを楽しみにしたいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました☆

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