徳勝龍の出身大学や高校を調査!美人な嫁との馴れ初めは?

今回は相撲ファンのSNSで大人気の徳勝龍関について

・徳勝龍のプロフィールは?

・出身高校や大学

・妻が美人で二人の馴れ初めは?

・徳勝龍関の家族構成!

などなど、徳勝龍関のいろいろな疑問を調べてみました♪

それではいってみましょう〜☆

徳勝龍のプロフィール

まずは徳勝龍関のプロフィールからみていきましょう!

profile

◆四股名◆  徳勝龍 誠 (とくしょうりゅう まこと)

◆本名◆  青木 誠 (あおき まこと)

◆生年月日◆ 1986 8 22日 

◆出身◆  奈良県奈良市

◆血液型◆ O

◆サイズ◆  身長181cm 体重188kg

◆所属部屋◆  木瀬部屋

◆得意技◆ 突き・押し・寄り

◆初土俵◆ 2009年1月場所

◆新入幕◆ 2013年7月場所

徳勝龍関が生まれた時の体重は3,860gとなかなかのビックベビー!

4ヶ月には歯がすでに生え、生後半年で10kgに達し(男の子の6ヶ月の平均体重は7.67kgだそうです。笑)すくすくと育った徳勝龍関は幼稚園に入園する際に制服は特注サイズでした。

やはり大相撲界で活躍する力士さんは生まれたときからすでに素質が違うんですね!

半年で10kgの赤ちゃん…お母様はさぞかし大変だったでしょう。

そんな体の大きな徳勝龍関は3歳のころに柔道をはじめ、小学校2年生のころから野球を習いじめました。

少年野球では『ホームランか三振』という強打の捕手として活躍。チームは奈良市で優勝する強豪チームで4番を務めていたそうです。

徳勝龍関はなんと生まれた時から阪神ファンなんだそうです。

それはなぜかというとご両親がそれはもう熱狂的な阪神ファンで、とくにお父様はファンクラブに入るほど阪神タイガースが大好きで、徳勝龍関はそんなお父様といっしょによく阪神甲子園球場に通っていました。

ちなみに徳勝龍関の好きな選手は亀山選手で『背番号00がめちゃかっこいいと思ってました』と言っていました。

そして徳勝龍関がお相撲をはじめたのがわんぱく相撲に出場できる小学校4年生の時。

未経験ながらも地区予選を勝ち抜き、全国大会に出場。その後は親が車を1時間運転して奈良から大阪の道場に通い、徳勝龍関の才能は磨かれていきました。

徳勝龍関は柔道と野球も習うスポーツ少年で、小学校高学年にはおやつにラーメンとチャーハンを食べるほど食欲旺盛な少年だったそうです。

おやつにラーメン・チャーハンということは、通常のごはんはいったいどのくらい食べていたのでしょうか。笑

お母様がその当時を振り返り

『じっとしているのが苦手。よく食べて、よく寝る子だった』

と語っていました。

そして小学1年生で42kgだった体重は卒業する頃にはなんと100kgに到達していました!

小学1年生で42kgもだいぶすごいですが、小学6年生で100kgとはやはりさすがとしか言いようがありませんね♪

そんな徳勝龍関は将来は野球か相撲かの選択をした時

『野球は好きだったけど自信がなかった。走れない。何をやったら一番いいかが相撲だった』

と、相撲を選んだそうです。

徳勝龍関はなんと小学校4年生にしてランドセルが背負えなくなったんですって。笑

徳勝龍の出身高校や出身大学は?

そんなビッグな少年時代を過ごし、奈良県橿原市立光陽中学校に進学。

中学3年生の時に相撲の大阪大会では王者として君臨する澤井豪太郎(のちの元大関・豪栄道)に勝利しました。

その時の相撲が、明徳義塾高校の相撲部で元横綱・朝青龍を育てた浜村敏之監督(享年62)の目に留まり、明徳義塾高校に進学することとなりました。

高校の同級生には栃煌山(現・清見潟親方)がいます。

この世代は有名な関取がたくさんいて『花のロクイチ組』と呼ばれています。

『花のロクイチ組』とは…

昭和61年度生まれ(昭和61年4月2日から昭和62年4月1日までに生まれた世代)の、関取となった以下の力士の総称。

  • 稀勢の里
  • 豪栄道
  • 碧山
  • 妙義龍
  • 魁聖
  • 宝富士
  • 栃煌山
  • 臥牙丸
  • 北播磨
  • 荒鷲
  • 徳勝龍

と、たくさんの関取がいるのです。サッカーでいうなら黄金世代ですね!

高校では2年生でインターハイでの団体優勝を経験し、個人では2年生の時に国体16強、3年時に金沢大会8強などの成績を残しました。

そして大学は地元の近畿大学経営学部に進学します。

近畿大学では伊勢ヶ濱部屋の宝富士と切磋琢磨し、学生横綱にはなれなかったものの西日本学生相撲選手権大会、全国大学選抜相撲高知大会で優勝するなどの成績を残しました。

そして大学4年生の時に木瀬部屋へ入門し2009年1月場所で初土俵を踏みました。

初土俵の同期には近畿大学の同級生だった宝富士貴ノ岩など。

入門時は本名である『青木』で相撲を取っていましたが、2011年1月場所から現在の『徳勝龍』に四股名を改名しました。

その2011年の11月場所で十両に昇進をし、2013年の7月場所には新入幕を果たしました。

そしてなんといっても2020年の初場所での幕尻からの幕内最高優勝というすばらしい成績。

奈良県出身の力士としては98年ぶり、また、幕尻優勝も20年ぶりで西前頭十七枚目での優勝は歴代史上最低地位での優勝と、そのほかにもありますがとにかく記録づくめの初優勝でした。

そんな徳勝龍関の結婚相手さんはどんな方なのかを調べてみました!

徳勝龍の美人な嫁との馴れ初め

徳勝龍関は2016年6月に、千恵(ちえ)さんとご結婚されています。

千恵さんは徳勝龍関と同い年で、ご職業は丸の内の大手法律事務所で秘書をされています。

そんなお二人の馴れ初めが気になったので調べてみました!

二人の出会いはなんと錦糸町のカレー屋さんでした。

千恵さんがその錦糸町のカレー屋さんの店長さんと仲が良く

『お相撲さん(徳勝龍)が食べに来ているから見においで』

と連絡があり徳勝龍関を紹介されたことがきっかけだったと語っていました。

キューピッドは店長さんだったのですね〜。

千恵さんの徳勝龍関への第一印象は

「白くてかわいいと思いました」

とインタビューに答えています。

千恵さんはお相撲よりもプロレスのファンだったそうで、中西学さん(新日本プロレス)のファンイベントに行かれたりしていたそうです。

もともと大柄な男性が好みのタイプだったのでしょうか?

結婚式でのお二人…

千恵さん、とてもお美しい方ですよね。

花のロクイチ組の稀勢の里関もご出席されていますね〜。

ロクイチ組でもあり、近畿大学の同級生の宝富士関の姿も…

徳勝龍関が優勝した時のお写真にも美しい千恵さんのお姿が!

お二人の間にまだお子さんはいらっしゃらないようなので、今後またおめでたいニュースが聞けることを楽しみにしたいと思います。

新しい情報が入り次第また追記していきます☆

徳勝龍の家族構成

徳勝龍関のご家族は父・母・姉、そしてお嫁さんの千恵さんです。

お父様は青木順次さん(74)で、元警察の機動隊員で柔道の指導者でもあり、徳勝龍関が3歳からはじめた柔道はお父様の影響。

お母様は青木えみ子さん(58)、いつもは徳勝龍関の国技館への応援は勝率が悪いため控えていたそうですが、幕内最高優勝がかかる2020年の1月場所千秋楽に地元から国技館に向かう途中の東京駅のホームで見たら幸運になるという『ドクターイエロー』に遭遇。

徳勝龍関は見事、優勝!お母様が千秋楽に幸運を運んできてくれたのかもしれませんね☆

お姉様は千夏さんで、徳勝龍関には甥っ子である陽人(はると)さん(13)と姪っ子のの茜さん(11)がいらっしゃいます。

徳勝龍関の優勝はご家族にとってとても素晴らしい出来事でしたね!

徳勝龍関にはこれからもまだまだ現役で土俵の上で大暴れしてほしいです☆

徳勝龍のまとめ

今回は徳勝龍関についていろいろと調べてみました。

2021年現在、34歳の徳勝龍関はベテランといわれる年齢になってきましたがまだまだこれからも若々しいお相撲でファンを魅了していただきたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました☆

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