東京パラリンピックの陸上男子5000mで見事銀メダルを獲得した唐澤剣也選手。
今回は競技歴はまだ3年という唐澤剣也選手について
・唐澤剣也選手のプロフィールや経歴
・ガイドランナー(伴走者)は?
・唐澤剣也選手のブログ
などなど、唐澤選手についての疑問を調べてみました!
さっそくいってみましょう〜☆
唐澤剣也のプロフィール
唐澤剣也選手のプロフィールを調べてみました!
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【profile】
◆名前◆ 唐澤 剣也(からさわ けんや)
◆生年月日◆ 1994年 7月 3日
◆出身◆ 群馬県渋川市(旧小野上村)
◆血液型◆ A型
◆サイズ◆ 身長163cm
◆競技種目◆ 陸上男子5000m・1500m(視聴覚障害T11)
◆所属◆ 群馬県社会福祉実業団点字図書館勤務
◆出身高校◆ 群馬県立盲学校高等部普通科
唐澤剣也のガイドランナー(伴走者)
唐澤剣也選手は全盲なので、視覚障がいクラスの中で最も重いT11クラスとなります。
このT11クラスは走る際に伴走者の並走が義務付けられているので、唐澤剣也選手がレースで走る際は伴走者(ガイド)と一緒に走ります。
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唐澤剣也選手には伴走者が2人いて、右隣がガイドランナーの茂木洋晃さんで左隣はガイドランナーの小林光二さんです。
茂木洋晃さん
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ガイドランナーの茂木洋晃さんは1995年生まれで東京農業大学を卒業されています。
群馬出身で高校時代は全国高校総体の3000m障害で3位。
大学では箱根駅伝の選手としても活躍されていました。
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茂木洋晃さん、身長も180cmと長身でイケメンですよね〜!
茂木さんは唐澤剣也選手の元ガイドランナーであり現在コーチの星野和昭さんの依頼で、唐澤剣也選手のガイドランナーに誘われました。
茂木洋晃さんは大学4年間で陸上を引退しようと思っていたタイミングで、当初はガイドを数回手伝ったら辞めるつもりでいました。
しかし、唐澤剣也選手が本気でパラリンピックに出場することを目指し頑張っている姿をみるうちに『もっと応援したい!』という気持ちになりました。
ガイドランナーは伴走する選手に合わせて走るため、今までの競技とはまた違う新たな陸上競技として初心に戻って競技を続けられているそうです。
ふだんは実家のトマト農家で働き、トマトの収穫の時期には早朝から仕事をして夜の練習に参加することになり、きついこともあるそうですが、2018年のアジアパラ競技大会や2019年の世界選手権を唐澤剣也選手ともに走ってきました。
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こちらが茂木洋晃さんのインスタグラムで、唐澤剣也選手のお写真やふだんやられている農業のお写真などがみられます。
小林光二さん
もう一人の伴走者の小林光二さんは2021年の4月から唐澤剣也選手のガイドランナーとなった地元群馬の実業団であるSUBARU陸上部の現役のコーチです。
小林光二さんは中央学院大学在籍時に箱根駅伝を4年間走った実績の持ち主です。
小林さんと唐澤剣也選手は前世は双子だったのではないかと周囲に言われるくらい、走り方がそっくりで息もぴったりなんだそうです。
東京パラリンピック日本代表選手である唐澤剣也さんのガイドランナーをSUBARU陸上部のコーチと一部の選手が協力していくこととなりました。
明日のテストレース、息ぴったりな小林光二がガイドランナーとして走ります。
がんばってね。https://t.co/MTc0zT3Mlu pic.twitter.com/5B3GS81IVA
— 阿久津圭司 (@keijiru1212) May 10, 2021
5000mではガイドランナーが途中で交代することが認められています。
唐澤剣也選手はスタートは小林さんと共に走り、レース後半の3000~4000mで小林さんから茂木さんに入れ替わります。
パラリンピックではラスト1000mで茂木さんに交代し、勝負を仕掛けるというレースプランで見事銀メダルを獲得しました。
唐澤剣也選手と2人の伴走者さんで力を合わせて取ったパラリンピックの5000m銀メダルだったのです。
パラリンピックでは1人で伴走する場合は伴走者にもメダルがもらえるのですが、伴走者2人が交代で走る場合はメダル授与の対象にはならないんだそうです。
共に走った2人にもどうかメダルを…と思わずにはいられません。
ちなみに東京パラリンピックの1500mの予選でのガイドランナーは小林光二さんで、決勝は茂木洋晃さんと共に走りました。
結果は惜しくもメダルには届きませんでしたが4位入賞と、2024年開催のパリオリンピックが楽しみになる結果を残されました!
唐澤剣也の経歴
唐澤剣也選手の経歴を見ていきましょう。
唐澤剣也選手は先天性の網膜剥離により生まれながらにして視力は弱く、小学4年生のときに視力を失い、中学卒業時には光覚も失い全盲になります。
2001年に渋川市立小野上小学校入学をしますが、2004年失明により群馬県立盲学校へ転校。
2007年には群馬県立盲学校中学部入学をし2010年、群馬県立盲学校高等部普通科入学。
そして2013年には群馬県立盲学校高等部専攻科理療科入学をし、2016年に卒業されました。
理療科の1年生の時には生徒会長を務めました。
盲学校時代には陸上部に所属していて関東大会で新記録を出すという実力をもっていました。
しかし、群馬県の点字図書館に就職してからは仕事を優先して陸上から遠ざかっていました。
そんな唐澤選手は2016年のリオパラリンピックで日本人選手の活躍を知ったことから、パラリンピックを目指そうと思いました。
目が見えないという同じ立場の人が、世界の舞台で活躍していることに刺激を受けました(唐澤選手)
引用元:NHKパラスポーツ
◆2017年◆
全国障害者スポーツ群馬大会予選会
1500m 4分39秒13
群馬大学記録会
5000m 17分36秒89
千葉県民マラソン
10000m 36分5秒01
大分別府パラ陸上
1500m 4分32秒19
5000m 16分51秒63(派遣記録突破)
◆2018年◆
アジアパラ競技大会
5000m 16分17秒65(自己ベスト)
金メダル
1500m 4分23秒24
銅メダル
◆2019年◆
ドバイ世界選手権
5000m 15分48秒21
銅メダル
※5000m世界ランキング2位に
◆2021年◆
東京パラリンピック
5000m 15分18秒12
銀メダル
唐澤剣也のブログ
唐澤選手のブログを探してみましたが見つけることはできませんでしたが、【世界へ翔け!唐沢剣也の挑戦☆】というフェイスブックのグループを見つけました。
唐澤選手の情報などが載っています。
追記
唐澤選手がインスタグラムをはじめられました!
唐澤さんのインスタアカウントが出来たので、是非フォローお願いします!https://t.co/cMhznsYY4u pic.twitter.com/Un9fwKtJMg
— 茂木 洋晃 (@butterfly1212hm) August 28, 2021
茂木さんが宣伝をしてくださっていました!
唐澤選手のインスタグラムはコチラ
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唐澤剣也のまとめ
競技歴が3年にも関わらず東京パラリンピックで5000mで銀メダルを獲得した唐澤剣也選手。
伴走者の方やコーチ、支えてくださったみなさんも喜ばしい結果となりましたね!
これからの唐澤選手のご活躍を楽しみにしたいと思います♪
最後までお読みいただきありがとうございました☆